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刈草ボッチ

かんな高原農場のススキの草ボッチ。

阿久原牧から車で1時間あまりの山奥の農場で、昨年10月頃、信くんが作った草ぼっちは、およそ二トン車一台分。
1月中旬、早くも稲ワラ飼料の欠乏が見えてきた阿久原牧に、この貴重な飼料を運びこんだ。

以下は、かんな馬の会会報からの転載です。著者はボッチを作った信くん。
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刈り草ボッチ

こんにちは。
みなさん刈り草ボッチを知っていますか?
妖怪の名前ではありませんよ。
一人ボッチで草を刈るのでもありません。
刈り草ボッチはまず山の中で藤などの蔓を探すことから始めます。
そして9月半頃のまだ青いススキが生えている場所で、様々な旨そうな草をススキと一緒に抱えられる位の束にしていきます。それら10束位を刈り取らずに生えているススキを芯にして、くくりつけ蔓で巻きつけて、ススキと草の円錐状の物体に仕上げます。それが刈り草ボッチなるものです。
高さ180cm程のまるで小人の住む小屋の様でもあり、頭におだんごを結ったかわいい妖怪の様でもあります。
刈り草ボッチにすることで中の青草が日焼けせず青くきれいなまま乾燥されるのです。
冬になる頃、芯にしたススキを刈り、収穫した刈り草ボッチを細く刻み青草の香りよい冬の貴重な馬のごはんとなるのです。

刈り草ボッチを教えてくれたのは、かんな高原農場近くに住む、シゲルさん(通称しげばあちゃん)という元気で素敵な僕達の山暮らしの先生です。
しげばあの育った家は山の奥の奥にポツリとあり、そこでは人の知恵と体がたよりの生活でした。
そこでばあちゃんの家族は、馬を育て仔馬を産ませ、育て、一、二歳になった仔馬を人に譲って生活していました。その頃の動力は工場でなく、自然豊かな場所で生産されていたのですね。
当時、今の様に車もそれほどなく簡単に物が運べない時代、田んぼもできず、飼料も持ち込めない山あいの村々では、ススキなどカヤが貴重な馬の飼料として大切にされていました。
秋になると馬を買う家の大切な仕事として、子どもたちは山の中で蔓を、ぶら下がり、ひっくり返りながら集め、ススキなどが沢山生えているカヤ場で大人たちと沢山の刈り草ボッチを造ったそうです。
馬の時代、山の斜面一面には、沢山の刈り草ボッチが立っていて、その不思議な風景は山村に住む人達にとって、当たり前の景色だったのでしょう。

おととし、去年の秋と数個の刈り草ボッチを造ってみましたが、その作業は大変な仕事でした。
でも、この、馬を飼う先人たちの知恵と技術は、馬の飼料を自給していきたい私達にとって有効な技術だと思いました。休耕地で育てた飼料も同じ様に刈り草ボッチにしておけば保管も簡単で見た目も楽しくなるのではないか?
いつの日か阿久原牧周辺にも刈り草ボッチの群が現れ、馬を扱った先人達の知恵が古く新しい風景として、馬が生きる貴重な場に残り伝わったらうれしく思います。

ではまた次回。                            
まこと(広神信)
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転載以上

乾草しかない冬に、青い草がどれほど馬たちにとってありがたいものか。
この冬、阿久原牧ではこのボッチのありがたさが身にしみている。
休耕地を利用して作る冬用の自給飼料、ソルゴー。特に今年に関してはイノシシ被害も加わり、また例年1、2月頃には湿った重い雪に押しつぶされたりして、いつもこの時期は、すっかり黄色や褐色に色あせ畑に倒れて下になった根元などは少しカビ臭いのが混ざったソルゴーを、他にしかたもなく苦労して手鎌で刈集めるのが、毎週の日課になっている。
このソルゴーもボッチにしたら非常に良い状態で露地で保存できるはず。
こんどの秋は忙しくなりそうだ。
(若山卓)
author:かんな馬の会, category:-, 15:21
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